2016年4月26日火曜日

どうしてそれを読んだんだ。

これが気になるとある事柄について、いろいろ読んだのでありますが、いざ台本書くぞとなった時に、今のところ、それがまるで役に立っていないという、大丈夫だろうか、果たして。でも、予感はある、確信はないけど、予感はある。分かっていることを書きながら、分かっていなかったことを書いてしまっていたという、そういう風になるの歓迎っす。
今日、ひとりエレベーターで口にしたことは、やっぱりそうなのねと気づかされることでありました。現実の現状にため息でますが、1年前と今は違ってるっていうことを糧にがんばろー。

2016年4月17日日曜日

新作に向けて〜。

選評を読んだりすると直後は「おのれっ」となります。で、わりと引きずります。
その「おのれっ」的な選評に対してのものを書こうとしてしまう。
受け止めた方とその選評の生かし方というのも、考えます。
形式、スケール、切実さ、巧さ、オリジナリティーを問うこと。
模倣ではないものを書いてみたいもんですなあ。
疑うっていう言葉よりも問い続けるって方が好きだよーん。


2016年3月6日日曜日

イデビアン・クルー『ハウリング』

が永遠の新人として参加しているイデビアン・クルーの公演があります。
僕も出演をしておりますので、どうぞ、どうかよろしくお願いします。

イデビアン・クルー『ハウリング』
振付・演出:井手茂太
音楽:大谷能生 
出演:斉藤美音子/菅尾なぎさ/中尾留美子/依田朋子/福島彩子/
藤田桃子(カンパニーデラシネラ)/小山達也/中村達哉/原田悠/井手茂太
会場:世田谷パブリックシアター
日時:2016年3月18日(金)〜3月20日(日)
3/18(金)19:30
3/19(土)13:00/17:00
3/20(日)13:00
【チケット】(全席指定・税込)
A席前売:4,000円(当日:4,500円)
B席前売:3,500円(当日:4,000円)
ペア割:2枚で7,000円
高校生以下:2,800円(当日要確認証提示、枚数限定)
※未就学児はご入場いただけません。
詳しくはこちらにどうぞ→
http://www.idevian.com/ja/info.htm




⭐︎イデビアン・クルーとは⭐︎ 

日常の何気ない一コマや日常に潜む動きや視線、人間関係を切り取り、奇想天外なダンスでみせるイデビアン・クルーの世界は、日本のコンテンポラリーダンス の中でもひときわ異彩を放つ存在として注目を集めている。また、無音の中でのアイコンタクトが生みだす奇妙な間合いや、無表情で能動的に動くダンサーの怪しげな雰囲気、ダイナミックな音楽で縦横無尽に空間を行き交う群舞も、作品の特徴である。




2016年3月3日木曜日

ありがとうございました。

『君は即ち春を吸ひこんだのだ』終演しました。
ご来場ありがとうございました。
劇団協議会の松村さん、藤木さんが適度に適当に接してくれたのが、
とても嬉しかったです。最終日のカーテンコールの粋な計らいも後々首謀者をうかがって、ジーンとしました。
この人たちにがっかりされたくないなぁと心から思える出会いでありました。
やる気はあるから体力がほしいっす。

2016年2月25日木曜日

いよいよ明日。『君は即ち春を吸ひこんだのだ』

『君は即ち春を吸ひこんだのだ』は、明日というか今日の19時よりいよいよ初日を迎えます。キャストさん、スタッフさんに恵まれるという非常に運の良い戯曲です。
さてさて、執筆時もその後も何かとこの戯曲について思う時には、きまって僕は宇多田ヒカルさんの『WINGS』という曲を聴くのです。今もこうして書きながら聴いてます。
歌詞は微かに繋がっているような感じですけど、何より曲調がとってもこういう感じっていう、勝手に盛り上がれます。初日、本番前のソワソワしてしまう時間にやはりこの曲を聴くのだろうと92.6%確信しております。

『君は即ち春を吸ひこんだのだ』という題名はお察しの通り、
新美南吉の言葉を引用させてもらっています。
それは日記に綴られてあったものです。

春はそれだけを抽き出すことが出来ない。
道や草や空気と一緒になつてゐる。
君が気持ちのよい空気をうんと吸ひ込んだなら、
君は即ち春を吸ひこんだのだ
君が柔らかい草を踏んだのなら即ち春をさはつたのだ。
(新美南吉全集第十二巻・219頁)

この言語感覚!!
きれいな言葉とはこういうものだと思います。

俳優さんたちにとって、良き舞台でありますように。

2016年1月25日月曜日

稽古始まりました。

『君は即ち春を吸ひこんだのだ』の稽古が始まっております。
今回、出演者の皆さんはもちろん、スタッフさんも初めましてでありまして、
なおかつ自作を演出してもらうというのも初めての経験だったりして、
しかも、稽古二日目にして、もはや自分が書いた戯曲とは思えないように感じていて(とてもいい意味で)、ただの稽古場見学に来ている人みたいになっております。
これまで舞台には出演者として関わってきた方が圧倒的に多いので、稽古場で床にいないと落ち着かないっていう、のほほ。

2016年1月15日金曜日

読み返すと。

ある方と太宰治の『津軽』の話をしたのは、一週間くらい前のことで、実家に帰ったので、手にとって最後のクライマックスと言うべき、育ての母・たけとの再会の場面を読み返したのだけれども、やはり泣きそうになってしまった。たけが言った「運動会が見えなくなった」は、たけという人に似合った言葉でありながらも文学的な美しさも表現されていて、心を動かされた。